家庭できる防災教育〜災害時の行動を親子で考えよう〜

台風、地震、洪水など、日本は諸外国に比べて災害が多い国として知られています。しかし、災害時の命を守る行動について、しっかり教育できているご家庭はそこまで多くないかもしれません。防災教育を教育現場に丸投げせず、ご家庭でも一緒に取り組んでみませんか?そこで今回は筑波大学 システム情報系 社会工学域 准教授 梅本通孝先生に防災教育の重要性や家庭でできる防災教育についてお話を伺いました。

梅本通孝先生プロフィール写真

梅本通孝(うめもとみちたか)筑波大学社会工学博士。2015年より筑波大学システム情報系社会工学域准教授。研究分野は社会システム工学・安全システム/自然災害科学・防災学。著書に『都市リスクマネジメント』『リスク工学の視点とアプローチ―現代生活に潜むリスクにどう取り組むか―』(コロナ社、共著)など。

筑波大学システム情報系社会工学域ウェブサイト:https://www.sk.tsukuba.ac.jp/DPPS/index.html

筑波大学都市防災研究室ウェブサイトhttps://shakosv.sk.tsukuba.ac.jp/Labo/udml/


防災教育の重要性

我々の身の回りで起こる災害には、どんなものがありますか?

日本列島の地理的条件

日本は、地質学的にも気象学的にも災害が起きやすい特徴があり、世界でも稀に見る災害リスクの大きな国と評価されています。

まず、日本周辺には、4枚のプレートが重なっていることから、その境界では地震が起きやすいです。プレートの境界あたりでは火山も作られやすくなります。また日本列島は、北海道〜沖縄で冷帯〜亜熱帯の気候となっているので、非常に温暖な暑いところから寒いところまで幅広くありますよね。さらにユーラシア大陸という大きな大陸と太平洋の間にあるので、6月頃は梅雨前線が発生したり、夏から秋にかけては台風がやってきて、日本をかすめていきます。冬には、ユーラシア大陸から冷たい風が吹き、日本海上空で湿った空気を取り込み日本の山脈にぶつかることで大雪を降らせます。

さらに、プレートの活動によって地形が険しく、高い山もあれば海もあるという急激な地形になっているので、流れる川は急流になりやすく、氾濫しやすいです。山がちな日本では、平地に人間が住み着くので、川の氾濫があると居住地域は浸水しやすいということになります。

このように、日本全体としては起こらない災害はないと言えるので、災害を気にしながら暮らしていく必要があることがおわかりいただけるでしょう。

一方で、我々市民ひとりひとりの個人の立場にしてみると、気にするべき災害は変わってきます。例えば、海沿いに住んでいる人であれば、津波や高潮などに気をつけないといけないですし、山の丘陵地に住んでいる人であれば、土砂崩れや土石流などに気をつけなければいけないということになります。

現在、教育現場で行われている防災教育・避難訓練はどのようなものですか?

防災教育については、とても重要と認識はされていますが、まだ教科や科目としてあるわけではないので、体系化された防災教育はまだ確立されていないのが現状です。ただ、体系化はされていなくても、各地でそれぞれの目的意識を持って様々な取り組みが行われています。

防災教育としては、大きくわけて4つのアプローチがあります。

まず1つ目は、避難訓練やバケツリレーなどの訓練・体験から学ぶアプローチです。最近では被災生活体験といって、避難所の学校の体育館に1泊2日で泊まってみる体験をやっているところもありますよ。

2つ目は、既存のプログラムや防災教育ツールを使ったもので、今一番工夫がされている気がします。専門家や被災経験者からの講話、防災関連施設の見学、ペットボトルを使った液状化実験などがあります。また、防災ゲームといったものも多数開発されているので、ゲーム教材で楽しみながら防災を学ぶ取り組みもされています。

3つ目としては、成果物を作成する過程で学ぶ取り組みで、防災マップや防災新聞の作成などがあります。地域を街歩きをし、どこにどういう危険性があるかを調べ、マップ上に載せたり、新聞にまとめたりします。

4つ目は、学んだことを人に教えながら学ぶというアプローチがあります。高学年の子が低学年の子に教えてあげるようなイメージです。ある地域の防災訓練では、防災訓練のスタッフとして6年生が参加し、大人と一緒に運営に携わりました。ただ訓練に参加するよりも主体的に取り組め、かつ人に説明することでより理解が深まる良い事例だと思います。こういった経験をした子どもたちは、防災意識の高い大人になるので、教えながら学ぶというアプローチの教育効果は非常に高いといえますね。

防災教育が活かされた過去の事例はありますか?

有名な事例でいうと、2011年3月11日の東日本大震災の「釜石の奇跡」と呼ばれるものがあります。

避難訓練の教訓が活かされ、570人の小・中学生の命が守られました。訓練時の避難指定場所へ避難した後に、さらに高台へ避難しようと、子どもたちが判断しました。途中にある幼稚園の子や周囲の大人も引っ張られるように避難したことで、さらに多くの命が救われています。避難指定場所は津波にのまれてしまったので、子どもたちの判断がなければ多くの命が失われていたでしょう。

釜石市の子どもたちは、震災前から、当時群馬大学にいた片田敏孝教授による防災教育を繰り返し受けていました。地震・津波・防災の仕組みをしっかり教育されていたことが、命を守る行動に繋がった素晴らしい事例だと思います。

防災教育に必要な心構え

家庭でできる防災教育としてどんなものがありますか?

普段の生活で、『これって便利だな』と感じた時には、『これがなくなったら生活はどうなるんだろう?』ということを親子で考えてみるのが防災の第一歩かなと思います。

例えば、スマホがあればいつでも連絡が取れる、水道をひねればすぐに水が出る、など我々の生活は便利なものにあふれています。しかし江戸時代の人はこうした便利なものがなくてもちゃんと生きていたわけですから、便利なものがなくても生き延びられるはずなんです。便利なものがある前提でしか生きられないと、それがなくなったときに大変なことになってしまいます。便利なものは当たり前じゃない、ということを普段の会話などで伝えていけると良いかなと思います。

また、ショッピングセンターや映画館に行く、旅行でホテルに泊まる、といった普段とは違う場所にいるときには、もし今ここで何かが起きたらどこに避難しようか?ということを親子で考えられると良いかなと思います。

例えば、ホテルや旅館についたら、まずは部屋からの避難ルートを家族みんなで確認するというのも良いですね。ちょっと冒険しようか?と子供を誘って、非常口まで歩いてみるのも一つの手です。こうしたことを習慣として育った子供は、防災意識が育まれるので、大人になっても基本行動として身についていると思います。

交通マナーもそうですが、お家の方が乱暴な運転をしていたら、それを見て育った子どもは交通ルールは守らなくてもいいんだな、と思いがちです。交通ルールをしっかり守る家庭で育った子どもたちは、当たり前に守るようになります。普段からの積み重ねがとても大事になってくると考えます。

防災について学びたいと思っている人におすすめの教材やWebサイトはありますか?

内閣府防災情報のページ
内閣府 防災情報のページ

内閣府が作成している、防災情報のページがおすすめです。この中の一般向けのお役立ち情報には、各自治体が作成している防災教育のコンテンツをみることができます。

また、「一日前プロジェクト」のページでは、「災害の一日前に戻れるとしたら何をしますか?」と被災者にインタビューした情報が掲載されています。もっとこうしておけばよかったという体験談を知ることで、まだ災害にあってない人たちにも、学べることがたくさんあると思います。親子で一緒に見ながら考えてみるのに良い教材です。

防災訓練の重要性を子供に伝えるにはどのようにすればよいでしょうか?

まずは、訓練でやったことについてよく聞いて褒めてあげることが一番大事かなと思います。そこから、やったことが全てではなく、その応用もあるんだよ、ということを伝えてあげると良いですね。例えば、校内での火事の訓練だったら校庭に逃げるけど、もし地震で津波がくる可能性があったらどうかな?校庭ではなくて屋上に避難が必要じゃない?といった話ができると思います。その際、なぜ屋上へ避難するのかについて、理由も添えて話してあげられると良いですね。例えば、津波は海の方からすごい勢いでやってくる、ゴミや自動車、材木やガラスなども一緒に流れてくるから、そんな津波に巻き込まれたら命はない、だから高いところに避難する必要があるんだよ、というような感じでしょうか。

住んでいる地域によって起こりうる災害はもちろん異なります。避難訓練で行った想定以外に、地域で起こりそうな災害について親子で話し、万が一の場合どうやって命を守れるだろう?と語り合うことで、防災訓練の重要性がより伝わると思います。

家庭で話しておくべき災害時の行動

親子で話しておくべき被災時の行動にはどんなものがありますか?

学校にいる限りは、学校の管理下なので、先生の指示を聞き行動すれば良いのですが、登下校の途中や、家に子どもだけでいるときの被災の場合には、注意が必要です。

登下校時だったら近所の指定避難所(小学校や公民館)に必ず行こうね、家で子どもだけのときは家で待とうね、など親子で約束事をつくっておくことをおすすめしたいです。

そこから先は、正直一概には難しく、例えば地震だけを考えると家が健全であれば、家にいるのが良いですが、火災や津波の恐れがあるような状況だと、避難の必要があります。災害の種類やご家庭の立地状況を考慮して、各家庭内の約束事を作るのが重要です。

うちの子にはスマホ持たせてるから何かあっても連絡が取れる、と心配していないパターンが一番最悪です。災害時はスマホが使えない可能性が高いです。親も子も便利なものに頼りすぎていると、災害時にパニックに陥ります。災害時にはスマホが使えないことも子どもに教えて、その上での約束事を作っておくと安心ですね。

梅本先生のお子さんが小学生くらいの時には、ご家庭ではどのような話をされていましたか?

災害については、理由を簡単に説明しながら話すように意識していました。テレビで被災のニュースが流れた時などに、火災はこういうものだよ、津波はこういうものだよ、起きたときに気をつけることはこういうことだよ、といった話を意識的にしていたと思います。

普段の生活の中で突然、災害が起きたらどうしよう?という話はなかなか難しいですし、子どもも想像しにくいです。報道の映像などで目にするタイミングは絶好のチャンスなので、親子で話してみるのはおすすめですよ。

子育て世帯へ、防災教育に関してメッセージをお願いします。

防災は非日常の話ですし、災害となるとちょっと悲しい・苦しい出来事を前提に考えるところがあるので、考えてて気持ちが良いことではないです。

失くして気づく大切さや不自由さ、というマイナスから発想するというのは結構大変なことだと思うので、日頃、便利だなと感じるものがあったら、「これがなくなったらどうなるか」を考えてもらえると良いかなと思います。便利なものがなくなるというのは災害の状況を想像することにつながるので、普段の生活の中の延長線上として考えることができます。

防災は、自助や共助といった、「命を失わないようにしましょう」や「他人を助けましょう」という目的が極めて明確です。さらにいうと、「命の大切さ」や「助け合いの重要性」を再認識することにも繋がります。防災訓練で学んだことが誰かの役に立つことで達成感が得られたり、人に教えることで学習意欲が向上したりと、他の学習場面でも意欲的に主体的に取り組む姿勢がついたという声もよく聞きます。防災教育を切り口として、総合的な学びや学習意欲を高める動機づけにもなると思いますので、ぜひご家庭でもできることから取り入れてみてほしいと思います。

梅本通孝先生を詳しく知りたい方はこちら

筑波大学都市防災研究室ウェブサイトhttps://shakosv.sk.tsukuba.ac.jp/Labo/udml/

筑波大学研究者総覧:https://trios.tsukuba.ac.jp/researcher/0000000887

筑波大学システム情報系社会工学域ウェブサイト:https://www.sk.tsukuba.ac.jp/DPPS/index.html

編集部コメント

防災の重要性は誰もがわかっていますが、普段から意識した生活を送れている人は少ないように思います。子どもの命を守るために何ができているかな?と改めて考えさせられました。まずは、被災時の約束事を作る、便利なものがなくなったらどうやって生活するかを子どもと一緒に考えることから始めていこうと思いました。